運命というエネルギーの波に乗ること

コンタクトマンのミツシュウラです

先日ポストをのぞいたら、チョコレートが届いていました。

うわー、素敵な箱だなと思って中を開けると。。。

太陽系の惑星がずらりと並んでいました。

メッセージを見ると、コリンさんや基地の人たちに向けてのメッセージがありましたので、コリンさんに報告すると。。。

基地の隊員から(チョコレートが届くよと)連絡がすでに入っていたとのこと(驚)

事務所で食べていいよと、隊員からの連絡が入っていたそうです。(涙)

早速、コリンさんと仕事の合間にいただきました。この場を借りて、お礼を言いたいです。ありがとうございます!


さて、前回の記事でひらめきについて書きましたが、同じ話題をもう一つ。

少し前に頭にある物の映像が浮かび始めたのです。しかし、それを買うのかどうか迷っていました。必要性があるのかとか、我慢すればいいのではないかとか、でもあった方がいいのかなとか。しばらく考えていたのですが。

数日間、同じように何度も前頭葉にその映像が浮かんでしまうのです。具体的な内容まで出てきており、やっぱり買った方がいいのかと思っていると。

別の日に外出した時に、たまたま別の買い出しでニトリに用事があり、ふらっと売り場をのぞいたら、欲しいものがあったのです。しかもセールで40%割引。ありえないほどの安い金額で、欲しいものが売っていました。千円くらいで売っていたのですよ。もう、即買いしました(笑)

買ってよかったと、しみじみ思いました。

その時なんですけど、やっぱり、出かけに財布を忘れた時のように、脳裏にパーンと浮かんだんですよ。それでニトリに行った時も、頭にパーンと浮かんでいて、あるだろうと確信を持っていたのですが、駐車場も一番いい場所が空いており、すんなり売り場につきました。

結局、あらゆることがスムーズに行って、アプリを入れたばかりでポイントも入っており、ポイントでさらに安くなったり。などなど。もう、トントン拍子に進むのですよ。

で、それってやはり、運命で決まっているから、スムーズに加速しなくても、エンジンをかけなくても、バンジーしなくても(笑)、ページを開けるように次の瞬間にはことが進んでいるのですね。

そして、これがいわゆる運命ってやつなのです。日常生活の中の、エネルギー波ですよ。

***

例えば、潮の流れのある場所に船を浮かべたら、勝手に海流の方向に船は進みます。こがなくてもいいわけです。

しかし海流に乗って、別の場所に移動をしようとして逆らって漕いだとしても、流れがあるのでなかなかたどり着けません。疲労困憊しますし、方向を見失うかもしれません。

これを運命に置き換えたとしたら、海流は運命というエネルギーであり、自力で漕ぐことは、現実を自分で引き寄せようとがむしゃらに自分のエネルギーを使うことです。つまり海流に逆らって、自分の運命を切り開こうとして、無謀な力を使ってしまうことを指しています。

こうして人は時に、自分の運命を切り開こうとして、別の運命に入り、無理をしたり頑張りすぎて、あるいは意地になって、失敗したりするわけです。思い通りにならないことを嘆き、神はいないと落胆し、自分ばかりがなぜこんな目にあうのかと首をかしげることもあります。

大なり小なり人はこういう失敗をしていると思いますが、時に引き返せないところまで自分で勝手に(運命を作ってしまい)行ってしまう人もいるように思います。

ここで言っているのは、もともとあった運命ではなくて、自分で運命を作ろうとして、その道に進んでしまい、迷路に迷い込んだ人のことを指しています。

筆者はこの5年間に、家政婦は見たばりに、結構迷路に入った人たちを見てきたから、具体的には言いませんが、色んなことを考えました。なぜそうなってしまったのだろうかと、人の失敗から考え、学んだように思います。そしてそのことを運命と運命でないもの(自分で迷路に入ること)として、その違いはわかるようになってきました。

例えば交通事故などは運命です。自分でわざと事故を起こす人はいないからです。(避けることもできます)

しかし、自分で何かをやろうとして、自分でそれがいいことだと思って、勝手に進んでしまい、結局挫折をしたり、思い通りにいかない場合は、それは自分で運命を作ってしまったことを指すのです。

運命というのは、元々決まっている海流のようなものであり、いつも大波が来るわけではありませんが、毎日の中でエネルギーの波は多々あります。

筆者は最近、日常生活の中で、元々運命として決まっているで流れに沿って行動をとることが多くなっており(ひらめきのせいで)、その度に不思議だなと、色々と考えるようになりました。

結局、毎日は同じではありません。雲と同じように、運命というエネルギーも変動し、今月は風邪をひく場面が何度かありましたが、予知とひらめきのおかげで、なんとかうまく乗り切りました。

つまり運命とは、別に目的地のことではありません。ゴールはなく、死ぬまで個人には運命というエネルギーの状態が続くのです。

その状態を見ながら、風向きを知って、海流をよく見て、日々の眺めを見つめている限り、退屈することもなければ、日々はただただ新鮮で、同じ状態は一度たりともないと、発見の連続が続くだけなんだろうと思います。

日常のエネルギーの波を直感やひらめきで乗っかりながらただ進むと、摩擦や疲労がありません。

楽です。

たまに悪いエネルギーを食らって、疲れることもありますけどね(苦笑)でも次の日には新しいエネルギー流れに乗るので、過去は全て忘れていきます(笑)

そんなことを伝えようとして、この記事を書きました。

これぞ、本来の宇宙的な生き方だと思いました!

宇宙世界は今日も平和です

ミツシュウラでした


(追伸、為さざるを成すって、こんな感じなのかもしれません)

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