絵が描けることが負い目である理由

絵が描けることが負い目である理由

コンタクトマンのミツシュウラです

 

面白い動画を見つけました。

こちらです。

 

 

村上氏は、絵が描けることが負い目である理由を語っています。

 

絵を描いてそれを勝負するのではなく、概念そのものを一番ピュアにダイレクトに出してそれで理解してもらう

 

 

はい、きましたよ。

これ、ミツさんのライブ配信と同じです。

 

配信中に、降りたことを、瞬時に概念化して

引き出しを探りながら、話をしている

一番エネルギーの高い、つまり純度の高くて新鮮な過程で表現している。

 

概念化する瞬間に、内容を話している

つまり、記憶から引っ張っているのではない。

これが、まさに、ライブでやっていることなんです。

 

一度、頭に入ったことを記憶して、事前に考えたりすると

何度かこする過程で濁ってきて、鮮度が落ちるのです。

消化後になると、すでに終わっており、興味もなくなる

これなんですよ。

私のライブ配信で挑戦しているのわ。

 

一番純度の高い瞬間を、ライブ中に場でやっている。

 

村上さんが、ちゃんと概念化と言っていますよね。

ミツさんも、概念化というワードをチョイスしている

概念化した瞬間が、最も感電して、アツいからです。

つまり、一番純度が高い状態なんですわ。

 

これを言えば、なぜ村上さんが絵を描けることが負い目になるか。

普通、わかるでしょう。

もしかして、わからんかな?

私はわかるんだけど。

 

絵の上手い下手を見るっていうのは、本質から完全にズレるからです。

脳の働きにおいて、邪道だからです。

概念化というのは、絵を描くよりも前の段階だから

 

絵の上手い下手になると、絵を描こうとしているんですよ。

描こうとする前の段階の話を、しているのですわ。

 

わかりやすくいうと

 

例えば、ひらめきが入ってきて

それを入る瞬間は、スパークします。

ぴーーーーんです

一秒です。

その瞬間に、概念化がおとずれます。

 

ひらめきとは、そういうもの。

 

それを概念化して、それから言語化すると

その過程において、あれこれ考えるわけです

考えた時点で、ひらめきではなくなります

 

受信した時に、一瞬で言語化するから。

 

記憶と同じで、時間が経つと、曖昧になる。

こうだったけな、ああだったけな。

曖昧模糊になり、考え込むわけですよ。

考え込むというのは、わかってないからです

捉えてないから、考えを巡らせるわけです。

 

ひらめきは一瞬、概念化&言語化は一分

そこで収束すると、収まるわけです。

潜在意識に。

そこから出す場合は、記憶を辿ることになる。

 

ちゃんと入っていたら、一瞬で概念と共に言語化も出せる。

でも、エネルギーの鮮度は落ちるのです。

 

記憶から引き出す場合、こねくり回すというか

回りくどくなると言うか、わざとらしいというか

ずれてくるんですよ。

 

ここまで描いたら、きっとわかると思う。

なぜ絵を描くことが負い目になるのか。

 

見た人の多くは、こねくりまわすからW

 

見た人が、空想的に、上手い、下手と評価する時点で、概念化からずれる

 

アートは、例えば瞬間に浮かんだ図を

そのまんま見た通りに形にする。

 

この場合は、写実主義になるけれども

村上さんは、抽象画になっているW

でも、おそらく、瞬間に見えたことを書いている

あるいは、自分の手法を使って、変換しているのかもしれない

 

多くの人が、すでに村上さんのイラストという

固定化されたイメージを持ってしまったならば

完全にズレますよ。

 

人が求めるものを書き始めたら、終わりなんです。

方向性が定まるから。

 

少なくともひらめきは、想像を超えてくるから

思いもしない内容が、真の概念なんですわ。

 

私は藤原先生の宇宙文字を書く仕事の現場で

徹底的に学んだことは、そこ

 

宇宙から降りてくる瞬間に立ち会ったから

わかるんですよ。

 

 

宇宙世界は今日も平和です

 

ミツシュウラでした

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です