にちほ問題から解く、集合意識と情報空間
コンタクトマンのミツシュウラです
にちほ問題を使って、情報空間の説明をしてみます。

飯山あかり VS 百田有本
どの位置にいるかで、視点は決まります。
飯山あかりに近い人は、飯山あかりの味方をしますし
百田有本に近い人は、百田有本の見方をします。
つまり、人間の視点は位置により変わり、限定された見方をするのです。
法華経でいう所の悟りの意識に到達すると、限定された見方でなくなります。
飯山あかり、百田有本、取り巻く人々の意識や考えが、走馬灯のように見えるのです
つまり限定された見方を超越することで、個の概念から集合意識に移行します。
集合意識とは、個人の意識の集合体です。
しかし、集合意識には未来の情報はありません。
未来の情報は、集合意識ではない、別の空間にあるのです。

原因と因果、過去と未来が交差する情報空間
ここにアクセスする人は、集合意識から離れ、因果や未来が見えるようになります。
大事なことは、集合意識にはアクセスしていないということです。
言い換えると、人のお気持ちは完全スルーですW
何が原因で、どうすれば解決するのか。
結果的に未来の問題を解決する視点を獲得します。
にちほ問題で、わーきゃーと活発な意見が交わされていますが
あくまでも個人の視点に限定された物の見方です。
つまり、個人のお気持ち、感想、反応が延々と並ぶだけですわ。
問題が一向に解決されないので、視聴者はイライラが募り、あーだこーだと言いたくなるわけですW
まさに、泥沼状態にある人々です。(野次馬を含めて)
筆者が一番言いたいこと。
人の意見や意識には、正解がないのです。
多くの人の考えやお気持ちを聞いたとて、答えには到達しない。
なぜなら、答えは、集合意識にはないからです。
例えば、東大出身のエリートの人がいたとします。
例え東大卒のエリートだとしても、集合意識を拾っています。
本や動画は、所詮、人の意識が作り出したものです。
これらは集合意識の部類です。
どれだけ多くの情報を集積したとて、原因と結果や、未来を知ることはできません。
なぜなら、未来予知ができる人がいないから。
集合意識の蓄積(ビッグデータ)を集めたとて、未来のことは書いていない。
なぜなら、未来予知能力がないから。
それなのに、人間は集合意識に答えがあると思い、闇雲に情報を蓄積することが、賢いと錯覚を起こしています。
東大卒エリートがやることは、決まっています。
位置トークと、やたら沢山の外部から得た知識を並べるだけです。
知識マウントが目的なので、解決方法や未来の話が一才、出てこない。
それが人間の実情です。
仏教を学んで、瞑想をして、何らかの意識の次元に到達したところで、情報空間には辿り着かない。
悟りの境地には段階があって、あらゆる層の他人のお気持ちがわかるのが、前提条件だからW
菩薩の修行を積み上げなければ、悟りの境地には至らないようになっている。
なぜなら、悟りの世界に到達するのは、心だからです。
どれだけ意識を高めたとて、到達できない世界が、情報空間ですわ。
他力の世界だから。
話を戻します。
集合意識には未来情報はない。
なぜでしょうか?
筆者は、多分、高校生くらいの時に、人間はなぜ未来が予知できないのかを考えていました。
自分の中で出した答えは、意図的に、未来が見えなくされている。
コリンさんにこの話をした時に、これが正解だと確かめましたW
人間は意図的に未来が見えないようにされている。
理由あるんですよ。
昨日の配信で、答えをしゃべりました。
ビッグデータの時代は、集合意識がメインになります。
多くの人の意見を聞いて、多様な視点を獲得して、分析利用する。
どんなに集合意識に価値をおいても、未来を予知することはできない。
この世の仕組みや法則を知る手掛かりは、心にある。
自然に到達するようになっているよ。
にちほ問題、思ったとおり、法廷論争と、全方位の戦いになりました。
ネット紅衛兵が全開の時代。パージと追放祭りになりますわ。
でも、いつか終わりが来る。
特等席で、玉川温泉で買ったゴザを引いて、見物しますわW

ミツシュウラでしたW