ソーラン節の生歌を聴いて感動した
コンタクトマンのミツシュウラです
本日は、グッズを作成した後、久しぶりの快晴だったので、外出しました。
ところで、本日フラっと行った場所なんですけども、数週間前から何度も頭の中に見えた場所だったので、おそらく未来予知してたんですよ。途中で気づきました。
現地では休みなので、駐車場空いているかなと心配していたのですが、いいタイミングで空いて、やっぱりなと思ったんです。
何も下調べすらせず、いきなり行って探そうと思ったら、ふとあっちかもと思って行った場所に、ぽっかりと空いていました。満車の中でも一台だけ(笑)
普通は調べますよね。普通は。
しかし筆者は現地で見て探そうと思って、ついたら人に聞きまくって、現地にすんなりつきました。多分、調べて行ったら、かなり遠い場所に駐車しなければならないパターンだったみたいでした。幸先いいなと思ったのです。
ってことで、北海ソーラン節の発祥の町の祭りに行ってきました。
ちょいちょいいいことあったんですけども、省略します。
ばったりと知り合いに会ったり、前からずっと好きだったソーラン節の生歌を聞けたりと、運命的な感じの展開が結構あったので、面白おかしく過ごしました。
ソーラン節、大好きなんですよ。後で聞けるように動画を撮影しました。
よさこい祭りで流れるソーラン節じゃなくって、元祖ソーラン節の方。
いいですよね。
去年は北海盆唄の祭りに行って、踊ってきたんですけど。
いいですね。北海道の夏祭り。
でもまだ寒いから夏って感じがしないけどね(笑)
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うちの両親は戦時中に生まれており、よく聞かされたのが、昔の祭りは賑やかだったということ。町中の人が集まって、道路は人であふれかえっていて、熱気と気迫のこもった舞に血が沸き立っていたそうです。
筆者は昭和40年代生まれですが、子供の頃はまだ祭りの賑わいが残っていて(テレビが普及していなかったから)、東京の下町では太鼓を叩いて、生歌で東京音頭や炭坑節をみんなで踊っていた記憶があります。
神社の祭りも着物を着た本格的な神楽や、大勢の人たちの活気にあふれた楽しげな様子に、子供心に楽しかった思い出があります。
ところがテレビが普及してから、テレビに夢中になってしまい、祭りは町全体の大イベントではなくなって行き、ただ食べ物を食べて、ぼんやりと舞台をみて、地元の人たちの踊りを見て、サーっと帰って行く、親子の遊びみたいな感じになっている気がします。
いや、昔は祭りってあんなんじゃなかったんだよと思うけれども、それでも今日は地元の人と話をして、やっぱり地元では心が弾んで、はしゃいで、楽しんでいるんだなと、嬉しく思いました。まだあるんだなと(笑)
北海ソーラン祭りも、昔は本当に賑やかで活気があったそうです。でも今は時代と娯楽も変わり、交通規制もあったりして、縮小して行く一方のようです。
でも、やっぱりあの生歌を聴くと、頭の中に、ニシンが大漁に獲れて、大勢の海の男たちが、浜でソーラン節を歌いながら、体を使って懸命に作業をしている様子が浮かんできました。
古き時代が過ぎ去ろうとしているけれども、まだ残っている風景が、残像として見えたのです。それは自分が子供の頃や、両親の子供の頃の時代と重なって、あの頃にあった人々の大きな一体感を、かすかですが感じました。
だから筆者は、人工的なイベントではなくって、その土地の人たちが昔から馴染んで、心踊らせている祭りが好きなんですね。普段は出会わないけど、その時になると集まってきて、大勢の人たちの素朴で楽しい心が見えるからなんだなと思います。
後になってああ、あそこに行ったよなぁ、楽しかったなぁと、懐かしい思い出が、また一つ増えて、南無世界の土産ができたのでした(笑)
宇宙世界は今日も平和です
ミツシュウラでした