判断力と前頭葉

コンタクトマンのミツシュウラです

 

最近、判断力がついて来たなと感じるようになりました。

 

いろんなケースがありますけども、例えば運転していて、急いでいる時なんかに、どの道を通ったらいいのかというのを判断したり。

 

買いたい物があるけども、どの店に行ったらいいかとか。

 

体調をくずし始めたので、病院に行った方がいいかとか、それとも薬を飲むべきかとか。その場合はどの病院に行くか、どの薬を飲むかとか。

 

日常生活の中で、判断しなければならない場面は多々あります。

 

そんな時に判断を間違ったら、失敗してしまうわけです。

 

 

 

薬が合わなくて、風邪が治らずに、寝込んでしまうとか。

 

近道と思ったら混んでいて、間に合わなかったとか。

 

あれこれと。

 

どうしようかなと思った時に、頭にふっと浮かべばいいですけれども、浮かばない時もあります。選択肢があっても、どっちがいいのか、浮かばなかったりして。

 

それでうまくいかなくて、疲れることもありましたが。

 

最近は判断が必要な場面で、よく浮かぶようになったなと感じています。

 

浮かんだ通りにすると、必ずうまく行きます。

 

そうなって始めて、人は自信がつくのだなと、思いました。

 

 

 

つまり、思った通りになるということは、判断が正しかったんだなと、思えるようになること。

 

この時に人は自信がつくのだと思います。

 

 

ただ、この判断力は、浮かぶ浮かばないは、結構、体調によります。

 

頭の働きがにぶくなっていると、浮かびにくいです。

 

浮かばないと、考えに頭を切り替えるので、頭を使うと、なんだか頭が痛くなります。

 

前頭葉のひらめきというのは、文字どおり、浮かんでいるものを見ている状態。

 

全く頭を動かさない状態です。

 

 

例えばトイレに行く時、頭を動かしていませんよ。

 

財布を忘れたとなったら、その時も、ハッとなったら反射神経が動きますから、その時も無意識の動作なので、頭を動かしておりません。

 

だから、ひらめきというのは、そういう感じで、無意識的、潜在意識からくるものです。

 

 

 

筆者がこの記事で書いている、判断力というのも、頭を動かしていない状態で、ふっと頭に見える内容のことを記していますよ。

 

間違っても、頭をうんうんと動かして、力を入れて、考えて、ひねって、思いついたことではありません。

 

完全に力が抜けている、無意識の状態からくるひらめきのことを、記しております。

 

間違いやすいから、強調しておきますよ。

 

***

 

ところで、この前ふっと思ったのですがね。

 

例えば、ひらめきがある場合は、頭の中を空っぽにして、頭を動かさない状態になるわけです。

 

この時、何も考えておらず、入ってくることを拾っているわけです。

 

筆者はこの前太陽を前頭葉で見た時に、はっ!となりまして。

 

これ、自分がずっと普通にやっていることだと。なんだ、昔からこの状態で、頭に閃くことを、眺めていたんだなと、気づいたんです。

 

ずっと、無意識でやっていたことを、意識した瞬間がありました。

 

 

だから、筆者は、いつも頭を空っぽにして、うかぶ内容を拾っていることが多かったので、話す内容は、自分や他人のことじゃない。むしろ日頃から自分とか他人のことを全く考えていないことが多い。

 

それって、普段から、邪念がないのよね。

 

 

でも、大抵の人って、自分の思っていることか、他人のことをあーだ、こーだと常々考えて、その内容を延々と語っている人が多くて。

 

なんでそんな自分や他人のことばっかり言うのかなと、長い間、首を傾げていました。

 

 

筆者の場合は、自分のことを、全く第三者として、完全に客観的に、ぼーっと眺めることが多いので、自分の状態も結構わかっているのよ。

 

例えば怒りが湧いた時に、何に怒っているのか、ふっとひらめくから。

 

あ、そうか、とわかって、納得すると、怒りは消えるのよ。

 

これも、ある意味ひらめきです。

 

 

理性というのは、怒るべきではないとか、道徳的な考えだからさ。

 

 

他人から酷いことを言われた時にも、カッとなっている最中にも、頭の中にひらめきがあるとそっちに意識が移るので、潜在意識からの情報が入ると、感情から前頭葉に、頭が切り替わるのです。

 

 

例えば、電話口で怒鳴られた場合。

 

この人は、ただ罵倒したいんだわと、頭にふっとひらめくのです。

 

そしたら、さっとよけるだけ(笑)

 

無意識的に、さっと遠ざかり、無意識なので、感情もなく。

 

それをすると、相手は攻撃できなくなるので、もっと腹がたつんだけどね(笑)

 

それをまた、別のところから見ている状態。

 

やっぱり、八つ当たりができないから、怒っているんだなと、ひらめくわけです。

 

そんなもん、受けてたまるかとも思わない(笑)

 

無意識だから。

 

さっと合気道のように、かくっと身をよじって、避けることができるのよ。

 

 

でも、ほとんどの人は、誰かに何かを言われたり、攻撃されたら、まともに食らってしまいます。(笑)

 

多分、相手の感情を、どっと自分に取り込んでしまうのよね。

 

そうなると、相手の感情に流されて、後を引くわけですよ。

 

いつまでも根に持ったりしてさ。

 

頭の中で、ひらめきと切り替わらないからなんだなと、思いました。

 

 

感情的になっている人に対して、ひらめきからのアドバイスをすると、感情から離れるので、すっと冷静に戻るわけです。

 

でも、そうならない人もいる。感情になりすぎると、こだわりがち。

 

こうなると、他人は手を焼くわけですね(笑)

 

***

 

 

それで、このよくある話に、もうひと段階付け加えます。 笑

 

ひらめきがある場合は、毎回内容が変わるので、飽きることがありません。

 

頭の中に、常に新鮮なエネルギーが流れつづけるのです。

 

これを光明と勝手に呼びます(笑)

 

 

 

 

しかし、自分の頭にひらめきがないと、自分のことか、他人のことか、テレビのことか、ネットのことか、外部からの情報が多いのだけども。そっちの内容がずっと頭に入ってる状態。

 

だから、みんなネットとか、本とか、誰かの話を聞いて、その内容を大量に頭に入れて、渋滞するわけですよ。

 

これって邪念です。

 

要するに、ひらめきが無いと、何も浮かばないから、外部からの情報に頼るんだよね。

 

参考書を読んで、あれこれを自分で考えるだけで、大元のひらめきにはたどり着いていないのよ。

 

これって、外部依存の理由だと思います。

 

 

本当は誰にでも潜在意識という素晴らしいものがあるのに、気づかない人の多いこと。

 

なぜなら完全に無意識からきているからです。意識しづらい。

 

 

でも、それが意識として認識できたなら、頭の切り替えもしやすくなるように思います。

 

筆者もどんどん意識化できるようになったので、判断力が上がったんだと思います。

 

 

宇宙世界は今日も平和です

 

ミツシュウラでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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