前頭葉の情操型とインスピレーション型の違い

昨日の記事を書いて、再び頭にひらめいたので、岡潔先生の本(風蘭)を参考に読んでいました。

そこに頭でひらめいたことが書かれてあったので、紹介します。

私は元々がぐっと深く入り込んだらその意識からなかなか日常に戻ってこれないくらいに深く入るタイプなのですけども、そこでは深海に潜っていくようにゆっくりとしんみりと底にたどり着いてまどろんでいると、やがて何かがゆっくりと浮かび上がってくるのを、ただ眺めるようにして、何かをそこから得ていました。

大抵それをやるのは深夜家族が寝てからだったので、家族の中でも一番遅くまで起きていました。幸い両親も姉も早寝型でしたので、ゆっくりと自分の世界に浸って入られたのです。

しかし最近前頭葉がひらめくようになったら、頭の中にパッと映像が見えるようになり、その映像が見えると、瞬間的にパッパッと高速で連続してわかるという認識が入るようになっていました。ここで自分の意識が切り替わっており、頭の使っている場所が違っていることを、自覚していました。

そして、岡潔先生の本の中に、この二つの意識の違いがはっきりと書かれており、おおーーと思ったのです。

タイトルに書きましたけども、前頭葉の働きの違いとして、岡潔は本の中に説明していますので、少しだけ紹介します。

岡潔先生は世界的な数学者であり、研究のためによくよく知力を働かせていたわけですが、そのやり方について詳しく本(岡潔:風蘭)に書かれています。

大脳前頭葉は、感情・意欲・創造の働きをするとなっているが、その感情・意欲を数学に向けてしまうということ。

特に意欲が数学に向いていので、外縁が少しも伝わらなくなること。(集中力が増している状態)

その状態で数学に統一精神を置いている、これがすなわち、情操型の研究と発見であること。精神統一中は、もちろん邪智は入ってきません。

これはすなわち雨をじっと聞き入ると、そのうちに雨の細かな雨粒が感覚的に入るようになりこれを境地が進むという。境地が進むほどに著しく物事が上手になる。

インスピレーション型というのは、分別智が全く働かなくなった瞬間に、真智が雲間から急に青空が出るがごとくに働くということ。例えると向かいの部屋のふすまから、突然開かれたように、いままで何もわからなかったことが一目瞭然となること。

無差別智というのは、同時にパッとわかる。立とうと思ったらとっさに立てる。これが無差別智が働いているということ。日常人がやっていることは、いちいちみなこの無差別智が働いている

(一葉舟より引用)

筆者が過去にブログに書いてきたことをわかりやすく説明しているように思います。

没頭するというのは、決して漫画を読んで没頭するのと性質は違います。瞑想とも違います。ぼーっとするのとも違います。例えばどうしたらいいのだろうか、どう考えたらいいのだろうかという場合に、ぐっと意識を深く沈めて行ったら、ゆっくりと海底にたどり着くと、底からうっすらと段々と何かが浮かんで来るものをただ見つめる作業といったらわかりやすいかな。

例えば、戦争をなくすためにはどうしたらいいのか?という問いについては、答えを得るのに何年も時間がかかるように思います。

あるいはこのままこの会社に勤めて人生を終えてもいいのだろうかという、大事な問題に対しても、ただ何ヶ月も答えが出るにはかかったりします。

それをただ深く深く問いかけていくような、答えを模索して自分の中から出てくるまで静かに集中しながら、意識の中で追っていく行為のように思います。

そこでゆっくりと明確にわかったことが、自分が得た答えであり、自分が行くべき道なんだろうと思いますし、情操型というのは思索という表現が近いのかもしれません。

ちょっとゆっくりと考えたいので、一人の時間が欲しいとか、ちょっと日常から離れて、改めて時間をとって考えに没頭したいとか、そんな感じの意識の使い方なのではないかなと思います。

あるいは哲学の答えをずっと模索しているような、そんな意識を深く沈ませるような、日常の意識とは違う使い方ですね。

一方でインスピレーション型というのは、間違われやすいのだけれども、まず見えるのです。そこからダダダと高速で次から次に回路が繋がって、ぱっぱとわかるのです。これは考える間も無く、脳が認知するので、瞬間的にハッとわかるのです。それもいっぺんにわかります。

電気が走るような感覚かな。これは筆者が前頭葉がひらめきが強くなってから、どんどん進化し続けているように感じます。断片的にわかったものが、連続的にもっと大きなものが深く出てくる感じかな。

クイズ番組なんかで、写真を見せて、意味がわかった瞬間に、あっとなる(笑)わかるというのは、その感覚です(笑)電光石火のごとく、言葉に出す前に、あれあれってなるやつですよ(笑)言葉が追いつかないのよ。

それで、岡先生が話しているのは、側頭葉の判断というのとは違うということ。側頭葉で考えると、浅くなります(笑)

よく、深く考えないで、失敗する人っていますよ(苦笑)

あれは側頭葉が動いていて、前頭葉が働いていないからなのだそうです。

日本人は教育のせいで、側頭葉が強く働いている人が大勢います。働き蜂(昆虫)みたいな生き方をする人たちもそうなんだよね。

ただ労働だけで(昆虫のように)一生を終える人のことも、岡潔先生は50年前に警告していましたが、今の日本人はその通りになってしまいました。

それも判断力や決断を司る、前頭葉の発達と関係があるのだと思います。

次の記事にて、判断力と、決断力のことについて記します。

(大事なことだよ)

宇宙世界は今日も平和です

ミツシュウラでした

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