空間から呼ばれる

コンタクトマンのミツシュウラです

昨日書いた悪い空間の話ですが、誰かに響くのだろうなと思っていたら、早速メールが来ました。ちょうどいいタイミングで記事を読んだのだそうです。そのまんまだったと報告がありました。

文章を書いていると割とあるんですけども、文章って自分のためでなくて、誰かのために書く時があるのです。気が進まない時にかく文章ほど、誰かのために書いてる気がします。(笑)

こうやってブログに文章を(もう15年ほど)書いていると、書いている時は完全に無心なんですけども、日常で起こっていること全てのことを書いているわけではありません。私は日常生活を書くタイプのブロガーではありません。なぜなら日常の空間にいる時と文章を書いている時の空間が別だからです(笑)

ちょっとわかりやすく書きますけども、例えば美しい自然の中にいた時に、その空間に浸っている時は、写真を撮ろうとさえ思いません。なぜならその空間に100%意識があるからです。写真を撮ろうと思った瞬間に、意識が日常の(惰性的な)意識に戻ってしまいます。

ですが、筆者は人と違って、昔から別の空間に入った時に、日常の意識が遠のいて、別の意識に切り替わってしまい、入り込んでしまい、意識がなかなか元に戻れないタイプなのです。(アーティスト系)

筆者は海外に住んでいた時代、ネットもなく、テレビもなく、外国語を理解せず、娯楽がありませんでしたから、毎日外国人とカフェでお茶をして、ただただ世間話をして過ごしていました。いろんな人の話に夢中で、とても楽しかったです。

考えてみたら、子供時代もそうでした。自宅にはよく人が遊びにきて、両親は子供だからあっちに行きなさいと阻害しない親だったので、大人の会話に混じってずっと聞いていました。つまり幼少期から人と集まってただ話をするという空間に、自分も混じって育ったのですね。

育った環境が大きかったのかもしれませんが、母親もいつも家にいて、ぴったりと子供に寄り添ってせわをしてくれる人だったので、いつも家族や友人や親戚と行動を共にしていたため、集団行動が好きなんだと思います。

だから、人が集まったら、ただ楽しく過ごして、会話を楽しむという時代を30年以上過ごしてから、携帯を通じてネットが入って来たわけですよ。若い時代に携帯を見て、(周りの大人から切り離された空間で育った世代)とは違った人生ですよ。

今の40代以下の人たちは、携帯をみて友達とメールやラインなどで会話をして、リアルな空間よりもネット空間に依存している人たちが多いように思います。でも寂しさは埋まらないわけです。

若い時から携帯をみて育っているわけで、だから日常生活の食べ物や旅行なんかを、ブログに出すのだろうと思います。筆者は、それらを見てつまらないと思ってしまうのです。なぜなら日常生活に入り込んだ時に(ジュージュー出てくる)その人のエッセンスがないからなのですよ。エッセンスとはその人のその人となりの”味”のことです(笑)

子供の頃からよく言ってたんだけど、あの人は味があるとか、あの人は面白いとか。そんな面白いと思える人のエッセンスを、よく話題にして楽しんだものです。表情だったりとか、絶妙な冗談とか、言葉のセンスとか、そんなものは日常の中で時間を過ごして、多くの会話の中から噛みしめるように出てくるものですよ。

それがただインスタとか、人に見せるための飾った文章ブログには、それが全然ないのですよね(笑)

筆者は中国に住んでいた時代は、いつもいろんな中国人と過ごして、いろんな話を聞くことが大好きでした。こういう人生があるのだなと時に憧れ、時に同情し、でも人っていいなと思っています。だから人には人と違った持ち味があるということを、その味を噛みしめることを楽しんで生きてきました。

そういう経験を記事にして書きたいと思っているし、そういう経験を通してこういう風に考えるようになったと、自分の考えをかくようにしています。コリンさんとのお話も出会いからずっとブログに書いており、自分の持ち味も入っており、書く内容もエッセンスが入っています。だから文章を書くことは、面白いのよね。

早い話、悪い話というのは、スキャンダル的な内容ほど、強烈で人の意識を引きやすいけれども、飽きやすく、飽きたら味もしなくなり、無味無臭になってしまいます(笑)つまり、悪い話って、長いこと引っ張れないのです。

しかし、実は(たわいもない話)から思わぬ収穫があったりして、考えさせられたりして、人との会話はどこまでも飽きず、その人なりの味によって、自分の人生も時に染まります。

自分だけの人生であれば、多くを考えたり学ぶことは少ないように思います。

しかし人とのつながりが深まると(数ではなくて、関係性が深くなるということ)、自分の人生の色も染まり方も、情緒も深くなって行きます。

ジィッと無音で静かに深く塾考する時間も増えます。

そんな空間が筆者はとても好きです。そして子供時代から会話を通して、色んな妙を感じて育ちました。

そんなひと時に、(これって私の運命なんだなぁ)としみじみと思える時間があります。そういう空間があります。

そんな時は一人空を見つめながら、じっと遠くて近い何かを見つめています。おそらく時空を超えているであろう、昔からずっとある懐かしい空間だと思います。

空間というのは、面白いものであり、色んな色が付いています。筆者はコリンさんと出会った時に、その瞬間にある空間につながりました。濃厚で静かでどこかはるか彼方の遠くにあったような空間です。

しかし確実に自分が知っており、かつていたことのあるような深くて濃厚で、存在のある空間でした。今でも時々よぎることがあります。

だからこそ、今私はここにいて、この文章を書いているのだと思います。それははるか昔からの遠い約束を果たしているように思えるのです。

宇宙世界は今日も平和です

ミツシュウラでした

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